いがたけブログ

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なんで息子と話すと説教になってしまうのか、何となくわかった

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先日、息子と対話した。

対話というと穏やかに聞こえるが、実態はそうではない。

いわゆる説教だ。

 

親父からの説教など、思春期真っ只中の高校生男子にとって、最悪以外の何物でもないだろう。

私自身、自分が高校生だった頃を思い浮かべると、トップレベルの最悪シチュエーションだ。

それはわかっているのだが、やっぱり場面々々で説教することになってしまう。

 

なぜそうなるのか、自己分析してみた。

 

期待と現実のギャップ 

息子との対話の結論は、彼が理想と現実との差異に気付いていないよね、ということだった。

そのこと(理想と現実との差異)に感心がない、とも感じた。

ギャップ分析ができていない、ということだ。

 

こうなりたい、という理想はある。

しかし、いまの現実が明確にできていない。

だからその差異=ギャップ=課題が把握できない。

ギャップ分析は、課題抽出手法の基本中のキホンだ。

  

息子との長い対話の末に、どうにか彼に理解してもらい、見つかったギャップへの対応策にたどり着くことができた。

 

あれ?

ちょっと待てよ。

これって、父親の私がスッキリしただけで、息子はぜんぜんスッキリしてないんじゃないか。

親父に説教されて、なんかよくわからないギャップ分析とかやられて。

 

息子と父親のギャップ

なんで息子と話すと説教になってしまうのか、何となくわかった気がする。

私の理想とする息子像と、息子自身が理想とする自分像にギャップがあるからだ。

それだけじゃない。

息子の理想とする父親像と、私自身が理想とする自分像にもギャップがある。

 

怖いことに気付いてしまった。

ただ震えていても仕方がないのだが、このギャップを埋めるのは、生半可ではできなそうだ。